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長崎地方裁判所 平成12年(ワ)164号 判決 2000年12月06日

原告

右代表者法務大臣

保岡興治

右指定代理人

山之内紀行

外一二名

被告

一九七一年の油による汚染損害の補償のための国際基金の設立に関する国際条約に基づく国際基金

右代表者事務局長

マンス・ヤコブセン

右訴訟代理人弁護士

小川洋一

森荘太郎

中村哲朗

中村紀夫

雨宮正啓

伊郷亜子

主文

一  被告は、原告に対し、五〇七五万五五六八円及びこれに対する平成九年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文第一項と同じ

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、油濁損害賠償保障法二二条(平成八年六月二六日法律第一一〇号による改正前)に基づく補償を請求したという事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、一九六九年の油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約によって与えられる保護が十分でない範囲において汚染損害の補償を行うこと等を目的として設立された国際基金である。

2(一)  大韓民国籍のタンカー「オーソンNo.3号」(七八六総トン。以下「本件船舶」という。)が、平成九年(以下、特に断らない限り、同年とする。)四月三日午後九時ころ、韓国南岸の巨済島南方約一〇キロメートルの大韓民国領海上において座礁し、同日午後一一時二五分ころ、沈没した(以下「本件事故」という。)。

(二)  本件事故により、本件船舶の積荷であったC重油(推定約一八六キロリットル)が流出した。この流出油は、四月七日、大韓民国領海から公海へ漂流し、四月八日、対馬沖約二〇キロメートルないし三〇キロメートル付近に油膜として漂流し、四月九日、対馬西部海岸にその一部が漂着した。

3  原告は、四月七日から四月一四日までの間、陸上自衛隊、海上自衛隊及び航空自衛隊をして、本件船舶の流出油にかかる油濁損害を防止又は軽減しようとする措置を講じた結果、別紙「損害一覧表」記載のとおり、合計五〇七五万五五六八円の費用を支出した。

4(一)  本件船舶の所有者は、オーソン・ショッピング・カンパニーリミティッド(以下「オーソン海運」という。)である。

(二)  オーソン海運は、無資力であり、一九六九年の油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約七条所定の補償提供義務も負わないため、原告は、同社から、本件事故について十分かつ適正な賠償を受けることができない状況にある。

二  争点―相当因果関係ある損害の範囲及び額

(被告の主張)

別紙「損害一覧表」記載の損害の範囲及び額のうち、次のものを否認し、その余はいずれも認める。

1 陸上自衛隊について

(一) 第四飛行隊分の人件費(一万二〇〇〇円)のうち七二〇〇円は、油が海岸線に漂着した後の航空偵察にかかるものであり、一旦漂着した油は漂着場所から移動することは通常ありえず、海上の油に比べ、その位置や量を把握するのが容易だから、油濁損害の防止軽減措置費用としての合理性を有しない。また、第四飛行隊分の燃料費のうち、四月一一日の観測ヘリコプター一機(JG―31147)分及び四月一三日分以外のもの(一二万〇五六三円)も、右と同様の理由により、油濁損害の防止軽減措置費用としての合理性を有しない。

(二) 写真加工材料費(三万九九〇〇円)は、汚染の範囲や清掃作業の実行を立証するものとしては過度の支出であるから、その半額(一万九九五〇円)は合理性を有しない。

2 海上自衛隊について

海上自衛隊艦艇「おおよど」、「せんだい」、「なるしま」、「もろしま」及び「ひこしま」にかかる四月一二日分並びに同艦艇「たかつき」、「きくづき」、「じんつう」、「とかち」及び「のしろ」にかかる四月一二日午前六時から午後七時までの各燃料費(二五万七九三九円)は、海上保安庁による航空偵察と重複して行われた艦艇探索のためのものであり、航空偵察に比し、非効率的であるから、油濁損害の防止軽減措置費用としての合理性を有しない。

(原告の主張及び反論)

別紙「損害一覧表」記載のとおりであり、被告の主張に対しては、次のとおり、反論する。

1 陸上自衛隊について

(一) 本件事故による漂着油の回収について災害派遣の要請を受けた陸上自衛隊は、油の漂着状況を的確に把握し、人員と機材を迅速かつ適正に配置し、早期に油回収作業を終了させるために、上空から航空機による偵察を行い、地上作業員に対し適切な指示を与えることが必要不可欠であった。

(二) 写真加工材料費は流出油の漂着状況の写真撮影に要した費用であり、この写真撮影は、現状を迅速に把握し、今後の方針等を的確に決定するために行われたものであって、自衛隊の今後の活動や後日における損害の立証のために行われたものではない。右写真撮影の結果がフィルムという有形物として残ることから、別の目的に後日使用されることがあるとしても、相当因果関係を否定する理由とはならない。

2 海上自衛隊について

前記各艦艇は、海上保安庁による航空偵察の調査結果を踏まえ、より具体的な浮流油の状況を視認するための探索を実施するとともに、回収要領を策定し組織的かつ効率的な浮流油の防除回収作業を実施したものである。結果的にみるべき油回収実績がなく探索活動にとどまったとしても、右作業の有用性を否定すべきではない。これを専ら探索活動の面からみても、油の浮流状況を、マクロの観点のみならずミクロの観点からも正確に把握する必要があった。

第三  判断

一  陸上自衛隊について

1  前記争いのない事実等に証拠(甲二、三、五、七)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故はその発生直後から広く報道され、多数の漁業権が存在する対馬沿岸に浮流油が漂着すれば、右沿岸漁業に悪影響を及ぼすなどの被害の発生が強く懸念されていたこと、四月九日には、その一部が対馬西部海岸に漂着したことにより、右の懸念はより深刻なものとなり、地域住民も総出で油回収作業に当たっていたこと、このような状況下で、陸上自衛隊(対馬警備隊)は、長崎県知事から、四月一〇日午前一一時三〇分ころに上対馬町漂着油の回収のための災害派遣要請を、四月一二日午前八時には上県町西津屋地区への同災害派遣の要請をそれぞれ受けたこと、陸上自衛隊の主な担当作業は、海岸に票着した油の回収や岩場に付着した油の除去というものであったこと、ところが、油の漂着した上対馬西岸(鰐浦地区、大浦地区等)は、その海岸線が複雑に入り組み、海岸に至る道路も十分に整備されていなかったため、容易に接近することができず、人員の目視や車両の巡回等によっては前記油回収作業に必要な情報が得られなかったこと、さらに、油回収作業の指揮や連絡のために、陸上自衛隊(対馬警備隊)本部の所在する厳原から各現場へ移動するに際し、車両を利用したのでは約二時間も要すること、そこで、陸上自衛隊は、主に海上の浮流油を調査する目的であった海上保安庁の航空偵察とは別に、海岸線における油の漂着状況を把握するため、第四飛行隊に航空偵察を依頼し、併せて前記の指揮連絡のためにもこれを利用したこと、なお、陸上自衛隊は、現場の状況等を正確に把握するために、過去の災害派遣の場合と同様に、写真撮影を行っていたことの各事実が認められる。

2  右認定の事実によれば、一刻を争う状況下で、油濁損害の拡大を可及的に防止すべく、迅速かつ効率的な油回収作業を進めるために、陸上自衛隊において第四飛行隊の航空偵察を用いたことは相当であったというべきであり、この点に関する被告の主張は、右航空偵察によらなくとも、実際の油回収作業と同程度の実績を挙げることができたこと等についての具体的反証のない本件においては、採用することができない。また、簡易かつ正確な情報の伝達手段として写真撮影によることはもとより相当であり、右撮影写真が結果的に他の目的に流用されることがありうるとしても、相当因果関係を否定する根拠となるものではないから、この点に関する被告の主張も、採用することができない。

二  海上自衛隊について

1  前記争いのない事実等に証拠(甲四、六、七)及び弁論の全趣旨を総合すれば、海上自衛隊(佐世保地方総監部)は、第七管区海上保安本部長から、四月七日午後五時三〇分に航空機による浮流油確認海域及び同付近海域の浮流油状況調査の要請を、四月八日午前一一時三〇分には艦艇による状況調査、防除回収に関する災害派遣要請をそれぞれ受けたこと、海上自衛隊としても、油が海岸に漂着した場合には、その回収作業がより困難となり、沿岸漁業に重大な影響を及ぼす可能性があることから、海上における油回収を早期に行う必要があると判断したこと、そこで、海上自衛隊は、直ちに艦艇「みくま」及び「おおよど」を現場海域に派遣するとともに、「とかち」及び「のしろ」(四月九日午前一一時に現場海域に到着した。)、「たかつき」、「きくづき」及び「じんつう」(四月一〇日午前四時二五分に現場海域に到着した。)の派出要請をし、四月九日に「せんだい」を、四月一〇日にも「なるしま」、「もろしま」及び「ひこしま」を更に各派遣して、浮流油の探索やその防除回収作業を実施したこと、海上自衛隊は、海上保安庁による航空偵察の概括的な調査結果を踏まえながら、より具体的な調査を艦艇探索によったものであり、その結果、これらの艦艇部隊による回収油量も、四月八日には六〇〇リットル、四月九日には九一〇〇リットル、四月一〇日には二万八六五〇リットル、四月一一日には一万一八一〇リットルに達したこと、もっとも、四月一二日における回収油量は〇リットルであり、対馬防備隊による回収油量も六〇〇リットルにとどまったことから、四月一三日以降の艦艇出動数を減じ、四月一四日午後六時には災害派遣撤収要請を受け、海上における災害派遣を終結したことの各事実が認められる。

2  右認定の事実によれば、前記各艦艇による探索が海上保安庁による航空偵察と重畳的に行われたことにより、迅速かつ効率的な油回収作業を進めることができたことは明らかであって、四月一二日における作業結果も、その災害規模に比し、早期に災害派遣の終結に至ることができたこと等に照らすと、むしろ海上自衛隊による油回収作業の迅速性を反映したものともいえるのであるから、四月一二日分における同艦艇の燃料費との相当因果関係を否定するものではなく、この点に関する被告の主張は、前記艦艇探索によらなくとも、実際の油回収作業と同程度の実績を挙げることができたこと等についての具体的反証のない本件においては、採用することができない。

第四  結論

以上によれば、原告の請求は理由がある。

(裁判官・田中秀幸)

別紙損害一覧表

一 陸上自衛隊

1 人件費

(一) 第四飛行隊分

一万二〇〇〇円

(二) 右以外の分

九五万四六五〇円

2 給食費 二〇一万四〇五三円

3 燃料費

(一) 第四飛行隊分のうち、四月一一日の観測ヘリコプター一機(JG―31147)分及び四月一三日分

二万二三六六円

(二) 第四飛行隊分のうち、右以外の分 一二万〇五六三円

(三) その他の分

三〇万五七〇一円

4 材料費

(一) 写真加工材料費

三万九九〇〇円

(二) 右以外の分

一七万二七四〇円

5 輸送費等

一八五万一四六四円

6 雑費 六三三万四九七七円

二 海上自衛隊

1 人件費 一四六万七四五〇円

2 給食費 二二万三一一二円

3 燃料費

(一) 海上自衛隊艦艇「おおよど」、「せんだい」、「なるしま」、「もろしま」及び「ひこしま」にかかる四月一二日分並びに同艦艇「たかつき」、「きくづき」、「じんつう」、「とかち」及び「のしろ」にかかる四月一二日午前六時から午後七時までの分

二五七万七九三九円

(二) 右以外の分

二八六九万〇八五三円

4 その他 五四八万一〇〇〇円

三 航空自衛隊 四八万六八〇〇円

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